ビートルズ脱退が公になった1週間後の1970年4月17日に発売。
Paul McCartney / McCartney
ポールには、バンド活動が危機に陥ったり私的に大打撃を受けたりすると、DIYアルバム(この”McCartney”および1980年の”McCartney II”)を作り、その後で傑作アルバムを作る(1973年の”Band on the Run”や1982年の”Tug of War”)というパターンがある。
つまり、ビートルズ解散後のポールは、1人になると底力をより発揮している(”Band on the Run”は Paul McCartney & Wingsの作品だが、実質的にはポールのソロ作品)。
1980年代初めに遂にデニー・レインがウィングスを脱退した後はバンドを組まず、そのつど異なるメンバーでレコーディングとツアーを行っているが、これがポールにとってベストの形だろう。
クラシック音楽の多くの楽聖の中でも本当の楽聖はモーツァルトのみだと言われるが、ポールはモーツァルトに並ぶ天才である。
ポールのみが、ポピュラー音楽の多くの天才の中で神の領域に達している。
だから、ポールの才能やキャラクターに拮抗してバンドを続けられるミュージシャンは、ビートルズのメンバー以外にいなかったのだ。
ポールに弱点があるとすれば、それは、ジョージ・ハリスンに「朝から晩まで ”I, me, mine”」と皮肉られるような、仕切り屋で自己チューの自分のそばにいて、自分を肯定してくれる人間を必要としたことだろう。
デニー・レインとリンダの功績は、この役割を果たしたことだった。
ついでに言えば、リンダは、オノ・ヨーコと違って邪魔にならない、ファンにとってはまことにありがたい人だった。
(全人類が同じ意見だと思うが、オノ・ヨーコは、コンセプチュアル・アーティストとしては才能があるかもしれないが、音楽をやってはいけない。特に歌は。)
そのリンダへの愛を歌った、タイトルもモロに”The Lovely Linda”という曲から始まる”McCartney”は、どの曲も簡素だが、それゆえにポールの才能の骨格が剥き出しになっている。
“Every Night”と”Maybe I’m Amazed”は、今もポールが好んで演奏している完成された作品だし、ワイルドな”Oo You”は”Helter Skelter”を思い出させる。
その他の「ポールの鼻歌」程度の曲でも、すべてメロディが美しい。
インストゥルメンタルの曲も、構成がシンプルなだけに、楽器の1つ1つが対等に自己主張しており、ポールのマルチ・プレーヤーぶりを堪能できる。
特に、アドリブで、別々に作ったものを繋ぎ合わせたという”Momma Miss America”のドラムには、この人は、ベースだけでなく、ドラムスにもここまで歌わせてしまうのだと感動する。
アルバム最後の”Kreen-Akrore”は、ポールは、メロディ・メーカーであるだけではなく、とてつもなく優れたリズム・メーカーでもあるのだと知らしめてくれる。
文:brasilbrasileiro









